社長ブログ(一社)愛標協会長を退任して
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(一社)愛標協会長を退任して

 

本年5月の一般社団法人 愛知県道路標識・標示業協会の定時総会におきまして会長を退任させていただきました。22年の長きにわたり愛知県協会の会長を務めさせていただけたのも、ひとえに役員及び会員各社や関係者の皆様のご支援の賜物と心より感謝申し上げます。

 

22年を振り返って

 

1990年代は公共事業にもバブル不況が押し寄せ、不況の真っただ中にありました。この窮地を解決するため愛知県防護柵協会と全標協愛知県協会が大同団結して、(一社)愛標協の前身の愛知県道路安全施設業協会が1996年に結成されました。

 

私が道路安全施設業協会の会長に就任しました1999年頃は、大手ゼネコンや地方の建設会社の倒産が相次ぎ、愛知県も税収の大幅な不足から赤字財政になり仕事は激減しました。

2001年に全標協愛知県協会の会長にも就任しまして2004年に両協会を一本化。全国道路標識標示業協会 愛知県協会 に組織統合し、主に防護柵、フェンスをやっておられた15社に愛知県協会に参加していただき、65社という全国最大の会員数の県協会になりました。

 

この頃2005年の愛・地球博に向けて、幹線道路や中部空港の開港のため、標識や遮音壁等の仕事が発注され受注量は瞬間的に増加しました。          

しかし2005年万博終了以降発注量が約3分の1に減少し、会員企業の倒産、廃業、支店営業所の撤退などが相次ぎ、15社ほどが退会し、残る会員の経営状況もひっ迫するということになりました。

また公共事業が悪だという風潮の中でアゲンストの風が吹き荒れ、またダンピングが横行し会員企業の多くが存続の危機に立たされる状況が10年ほど続きました。

 

その中で当時の幹事会で議論を重ね、とにかく任意団体ではとても危険な団体と思われていましたので、まずは法人格の取得が必要だということで、これも10年ほどかけ今の法人格を取得しました。

そして協会として2段階の方程式で事業量を確保しようとの方向性を打ち出しました。

 

一つはコンプライアンス違反で失った信用を、ボランティア活動をしっかり行い、これを広報して信頼を取り戻すことです。

会員が団結し、「子どもを守ろうプロジェクト」と「非常災害時保安機材供出ネットワーク」をはじめとしてしっかりボランティア活動を行い、これを広報誌等でPRすることにより、官庁にご信頼をいただくことになりました。

 

そして方程式の2段目は交通安全対策の技術提案です。

秋の交通安全施設技術研修会では多くの官庁の方のご参加をいただき、数年前から中部地整の基調講演もいただくようになりました。官庁の担当者はプロ中のプロの技術者ですのでその方々にプレゼンするということは大変なことですが、質の高い技術提案などを行い、またこれをパンフレットにして配布するということで、技術面で信頼をいただいていると思います。

 

今、道路管理者や警察から以前に比べると大きな金額の発注をいただいていますが、こうしたボランティアと技術提案という方程式が功を奏しているものと思います。

さらに全標協の中でも愛知県協会のボランティア活動と技術提案の2つが全国で高い評価をいただいています。「子どもを守ろうプロジェクト」は全国の隅々で草の根的に実施されておりますし、専門部会のパンフレットは全国で活用されております。

 

新執行部へのエール

 

業界を取り巻く環境は常に順風満帆とはいきません。逆に厳しい年月の方が長いのではないかと思います。

これからも困難な時代が訪れるかもしれませんが、新しい執行部で常に解決策を出し合い、業界を引っ張っていただければと思います。

 

今後は微力ですが顧問としてまた中部支部支部長として(一社)愛標協を支援してまいりたいと存じます。